なぜ今、リーダーに「当事者研究」が必要なのか?

今日のテーマは「当事者研究」です。耳新しい言葉かもしれませんね。

元々は医療・福祉の現場で生まれたこのアプローチが、今、ビジネスの世界でも大きな可能性を秘めていることが分かってきました。

「リーダーは常に強くあるべきだ」「部下に弱みを見せてはいけない」——そんな従来のリーダーシップ観に疑問を感じているリーダーの方は少なくないでしょう。特に変化の激しい現代において、一人の力だけで組織を牽引し続けることの限界を感じている方も多いはずです。そんな中、注目を集めているのが「当事者研究」という考え方です。

当事者研究を評して「弱さを語れる組織が最強である理由がここにある。」という人もいます。

当事者研究の基本的な考え方から、組織運営やリーダーシップ開発への応用まで、具体的な事例とともにお話してまいります。

今まで述べて来た様々なテーマと関連するところが多いので、2回のブログ連載にしました。

先ずは第一話です。

~~ 当事者研究とは何か?発祥と基本理念 ~~

当事者研究は、1990年代後半に北海道の「べてるの家」という精神障害者の地域共同体から生まれました。

統合失調症やうつ病などの精神的な困難を抱える当事者たちが、自分自身の体験を「研究テーマ」として捉え、仲間と一緒に探求するという画期的なアプローチです。

創始者の一人である向谷地生良氏は、従来の医療モデルが「専門家が患者を治療する」という一方向的な関係だったのに対し、当事者研究では「当事者自身が研究者となる」ことを重視しました。

つまり、困難や問題を抱える本人が、その体験を客観視し、仲間とともに理解を深めていくのです。

~~ 三つの基本原則 ~~

当事者研究には、以下の三つの基本原則があります。

  1. 自分自身を研究する
    自分の困りごとや課題を、まるで研究者が研究対象を観察するように、客観的に見つめます。
    「なぜこんなことが起きるのか?」「どんな時に調子が良いのか?」といった問いを立てて探求します。

  2. 仲間とともに研究する
    一人で抱え込むのではなく、同じような体験を持つ仲間と一緒に考えます。
    他者の視点が入ることで、自分だけでは気づけない発見があるんですね。

  3. 研究成果を活用する
    研究で得られた気づきや知恵を、日常生活や今後の対処に活かしていくということです。
    学術的な研究と同様に、実践的な価値を重視する考えです。

~~ 学術的根拠 ~~

当事者研究の効果については、複数の学術研究で実証されていますが、特に注目すべきは以下の点です。

  • ナラティブ・アプローチとの親和性
    心理学や社会学の分野で発展してきた「ナラティブ・アプローチ」(物語的アプローチ)と共通点が多く見られます。人は自分の体験を言語化し、他者と共有することで、その体験に新しい意味を見出すことができるという理論です。

  • ピア・サポートの効果
    同じような課題を抱える仲間同士の支援(ピア・サポート)が、専門家による支援と同等またはそれ以上の効果を持つことが、多くの研究で示されています。当事者研究は、このピア・サポートを構造化したものと言うことができます。
  • リフレクティブ・プラクティス(省察的実践)との関連
    難しそうな、聞きなれない言葉が並んで恐縮ですが、教育学者ドナルド・ショーンが提唱した「省察的実践」という概念があるのですが、これとも重なるんです。実践者が自分の行為を振り返り、そこから学びを得るというプロセスなのですが、これが当事者研究のコアでもあるのです。

~~ なぜビジネスの世界に応用できるのか? ~~

現代組織が抱える課題

現代の組織は、様々な課題に直面しています。よく挙げられる課題として、

  • 心理的安全性の不足:失敗を恐れ、本音が言えない職場環境
  • リーダーの孤独:責任の重さから一人で抱え込んでしまうリーダー
  • 変化への対応力不足:トップダウンの意思決定では現場のニーズに追いつけない
  • メンタルヘルスの悪化:ストレス社会における心の健康問題

などがありますね。

これらの課題に対して、当事者研究の考え方は新しい解決の糸口を提供してくれるのです。

例えば以下の様なことに対して応用できる可能性があります。

  • 心理的安全性の向上
    Googleの研究で「心理的安全性が高いチームほどパフォーマンスが良い」ことが明らかになっています。
    当事者研究の「困りごとを率直に語り合う」文化は、まさに心理的安全性の土台となります。

  • 持続可能なリーダーシップの構築
    従来の「強いリーダー」像から脱却し、「支え合うリーダーシップ」への転換が可能になります。リーダー自身が困難を語り、サポートを求めることで、より現実的で持続可能なマネジメントが実現できます。

  • 現場発の問題解決
    トップダウンではなく、現場の声を起点とした課題解決アプローチが取れるようになります。当事者(現場の社員)自身が研究者となることで、より実効性の高い施策が生まれます。

~~ 従来のアプローチとの違い ~~

問題解決型から探求型へ

従来のビジネスアプローチは「問題があれば素早く解決する」ことを重視してきました。しかし当事者研究では、問題そのものを深く理解することから始めます。

例えば、チームのコミュニケーション不足という課題があった場合:

従来のアプローチ
⇒ コミュニケーションツールを導入する、会議の回数を増やすなど、すぐに解決策を考え実施

当事者研究のアプローチ
⇒ なぜコミュニケーションが取りにくいのか、当事者たちが自分の体験を語り合い、先ず深層にある要因を探求する

という、異なるアプローチになります。

また、組織課題の解決において、外部コンサルタント、専門家や人事部門が主導権を握ることが多い従来の方法に対し、当事者研究では現場の当事者が主役となります。

こうすることで、「上から降ってきた施策」ではなく「自分たちで見つけた答え」として、より主体的に実践に取り組むことが可能になります。

そして、当事者研究をビジネスに応用する際の最初のステップは、組織内で「困りごとを語り合える場」を作ることです。つまり、実践の第一歩は、「語る」ことから始まり、これが変化を生み出すことを意図しているのですね。

リーダーのあり方にも変化が生じてきます。

心理学者のブレネー・ブラウンは、「脆弱性こそがイノベーションと創造性の源泉である」と述べています。
リーダーが自分の困りごとや失敗体験を率先して語ることで、組織全体に「弱さを見せても大丈夫」という雰囲気が生まれます。

例えば、月次のマネージャー会議で以下のような時間を設けてみるのはいかがでしょうか:

  • 「今月、一番困ったこと」を一人5分で共有してみる。恥ずかしがらずに。
  • 他のメンバーから「似た経験があります」「私ならこう考えます」といったレスポンスを得る。
  • そして、「一人じゃない」という実感を共有する。

当事者研究をビジネスで応用していくのに、いきなり大規模な制度変更を行う必要はありません。
まずは小さなチームや部署で試行し、手応えを感じながら徐々に広げていくのが現実的です。

今回は、当事者研究の基本的な考え方と、それがなぜビジネスの世界で注目されているのかをお話いたしました。

次回は、具体的な実践方法についてお話を進めてまいります。

現代のリーダーに求められるのは、完璧な強さではなく、人間らしい真正性(オーセンティシティ)かもしれませんね。

当事者研究は、そんな新しいリーダーシップのあり方を示してくれる、道標になるのはないかと考えています。

今日のお話はここまでです。

最後までお読み頂きありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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