当事者研究で日々のコミュニケーションを変える

さて、今日は「当事者研究」の第2回。

前回のメルマガについて、「なにやら難しい言葉が出て来たね~」というフィードバックを複数の方から頂きました。

「当事者」、「研究」という難しいイメージ満点の言葉による影響も大きいようです。

でも、ご安心ください。当事者研究というと難しく聞こえるかもしれませんが、皆さんが既にご存知の「内省」や「対話」を、「一人で抱え込まず、仲間と一緒に探求する」という視点でとらえ直したもの、端的に言えば「困りごとをみんなで研究する」と言ってもいいでしょう。

当事者研究は、実はシンプルです

特別な専門知識も、複雑な理論も必要ありません。必要なのは、自分の体験を率直に語ること、そして仲間の話に耳を傾けることだけです。

~~「知っているけど、実践が難しい」を解決する ~~

今回は皆さんが「理解しているけれど、実践は容易ではない」と思われているかもしれない、
フィードバック、アサーティブなコミュニケーション、対話の醸成について、当事者研究の視点から見てみましょう。
これらは現代の組織運営に欠かせないスキルですが、実際の現場では以下のような声をよく耳にします。

  • 「フィードバックの重要性は分かっているが、相手が防御的になってしまう」
  • 「アサーティブに伝えようとするが、自己主張が強すぎと思われないか心配」
  • 「対話の場を設けても、表面的な話で終わってしまう」

当事者研究の考え方を持つと、これらの「難しい」と思っていたコミュニケーションスキルも、実は取り組みやすくなるのです。なぜなら、当事者研究は「完璧にやろう」とするのではなく、「一緒に探求しよう」というスタンスだからです。

~~ フィードバックが変わる:探求の視点へ ~~

多くのリーダーが、フィードバックの理論は学んでいます。「具体的に」「客観的に」「主観的に」「タイムリーに」「行動変容に焦点を当てて」といったポイントも理解しています。

それでも難しいのは、フィードバックがどうしても(特に上司という立場だと)「評価」のニュアンスを帯びてしまうからで、受け手は「自分の優劣、良し悪しが評価されている」と感じ、防御的になりがちになるんですね。

しかし、当事者研究のアプローチでは、フィードバックを「評価」ではなく「共同探求」、つまり一緒に考える姿勢として捉えるので、以下の様な違いが現れます。

従来型のフィードバック
「この報告書は要点が整理されていないと私は思う。私はもっと簡潔に要点がまとめられた報告を期待します。」

当事者研究型のフィードバック
 「この報告書を作るとき、どんなことを考えていた?実は私も同じように悩むことがあってね。一緒にどうすればいいか考えてみようか?」

従来のフィードバックとの違いは明らかですね。違和感を感じると思います。

しかし、「相手の成長や行動変容を願って行う、建設的なコメント」というフィードバックの目的に沿えば、相手が「心を開いて建設的なコメントを受入れる状態をつくる」という意味では有効ではないでしょうか?

フィードバック文化が組織として醸成されていない場合や、フィードバックを与える方と受ける方の良い関係性が成立していないと、前者(従来型)は「あなたのやり方は間違っている」というメッセージに受取られる可能性もあるでしょう。
一方、後者(当事者研究)は「あなたの考えを聞かせて。一緒に良い方法を見つけよう」という誘いかけです。

実践のコツとしては、「私も」から始めることです。
当事者研究では、「私も同じような経験がある」という共感から対話を始めることを大切にします。
これをフィードバックに応用すると:

ステップ1:まず自分の体験を語る 「私も部下の育成ではずいぶん悩んだことがあってね。今もそうだが、簡単な指示が伝わらないことに戸惑うことが多いよ。」

ステップ2:相手の体験を聞く 「あなたはどうだろ?部下に指示を出すとき、どんなことを意識している?」

ステップ3:一緒に探求する 「なるほど。じゃあ、お互いにどうすればもっとうまく伝えられるか、考えてみようか。」

このアプローチなら、相手は「責められている」ではなく「一緒に成長している」と感じられますね。
フィードバックのひとつの方法として、引き出しに入れておくと良いでしょう。

~~ アサーティブネスが変わる:強さから正直さへ ~~

アサーティブネス研修を受けた多くの方が、こんな悩みを抱えています。
「自分の意見をはっきり言おうとするが、自己主張が強すぎる、我がまま、というイメージにとられてしまうことが心配。」「相手(上司、年配)や状況(同調圧力)によってどうしても発言に躊躇してしまう。」

実は、アサーティブネスを単なる「自己主張」と捉えると、このジレンマに陥りやすいのです。
アサーティブネスが目指す、「発展的で協調的な自己主張」というのは、相互理解、相手の主張も尊重するという考えの上に成り立つからです。

当事者研究の視点は、「弱さも含めて伝える」こと。
当事者研究では、アサーティブネスを「自分の本音を、弱さも含めて正直に伝えること」と捉えます。

従来型のアサーティブネス
「この企画には賛成できません。理由は3つあります…」(論理的)

当事者研究型のアサーティブネス
「正直に言うと、この企画には不安があります。なぜかというと、私自身が以前似たようなケースで失敗した経験があるからです。皆さんはどう思いますか?」

後者の方が、相手も意見を言いやすくなります。なぜなら、「完璧な反論」ではなく「一人の人間の正直な気持ち」として受け取られるからです。

ここでも、「これってアサーティブネスとは違うものじゃないか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、自分の主張を正しく伝えるために、自己開示や周囲の巻き込みをすることでそれが叶うなら、「アサーティブになれない・・・」と悩むより良い選択になると思います。

実践のコツとしては「メッセージ」に感情を添えることです。
アサーティブネスの基本として「感情」と「事実」を分けて伝えることが重要視されます。しかし、私たちはつい、感情を押し殺したまま相手の要求にNOが言えない。あるいは、わからない、初めて聞いたと言うのが恥ずかしいから、自分の主張を押さえてしまいがちです。
こうした心のリミッターを外し、自分の感情や不安も堂々と言語化するという点においては、アサーティブネスと当事者研究には共通点があるんですね。

通常のメッセージ 「私はこの締め切りは厳しいと思います。なぜなら・・・・(事実)」
感情を添えたメッセージ 「正直言うと、この締め切りで本当に焦っています。(感情)。
なぜなら・・・・(事実)チームに迷惑をかけたくないし、品質も落としたくない(感情)。
みなさんの意見を聞かせてもらえますか?」

弱さを見せることで、周囲の協力を得やすくなる。これが当事者研究の知恵です。

~~ 対話が変わる:表面から深層へ ~~

多くの組織で「対話の重要性」が語られ、1on1ミーティングや対話の場が設けられています。しかし、実際には:

  • お互いに本音を言わず、当たり障りのない話で終わる
  • 時間を消化するだけの儀式になっている
  • 結局、何も変わらない

なぜこうなるのでしょうか?
形だけの対話になってしまう理由は、対話を「情報交換の場」と捉えているからではないでしょうか。

当事者研究の視点は、「意味を一緒に創る」ことです。
当事者研究における対話は、単なる情報交換ではありません。それは「お互いの体験を通じて、新しい意味や理解を一緒に創り出すこと」です。

これは決して難しいことではありません。例えば、こんな質問を考えてみましょう。

表面的な質問:「最近の業務はどうですか?」
深い対話を生む質問:「最近、仕事をしていて『もやもや』することってありますか?私は結構あるんだけど・・。」

後者の質問は、具体的な業務の話ではなく、その人の体験や感情に焦点を当てています。すると、相手も心を開きやすくなります。

実践のコツ:「もやもや」を大切にする。
当事者研究では、言葉にしにくい感覚や違和感を「もやもや」として大切に扱います。なぜなら、この「もやもや」の中に、重要な気づきが隠れていることが多いからです。

対話の流れの例

リーダー:「最近、何か『もやもや』することある?私は部下との面談でいつも、本当に伝わっているのか不安なんだよね。」
メンバー:「あ、分かります。私も会議で発言するとき、『これ言っていいのかな』っていつも迷うんです。」
リーダー:「そうなんだ。それって、どういうときに特に感じるんだろ?」
メンバー:「特に、意見が分かれているときですね。反対意見を言ったら、関係が悪くなるんじゃないかって…。」
リーダー:「なるほど。じゃあ、どうなったら安心して言えると思う?」

このように、「もやもや」を入り口にすることで、表面的ではない、本質的な対話に進んでいくことが期待できます。

~~ 日々の実践:小さな習慣から始める ~~

ここまで、当事者研究の視点が、「フィードバック」、「アサーティブネス」、「対話」をどう変えるかを見てきました。では、実際にどう始めればいいのでしょうか?

まずは自分自身から。
特別な場を設ける必要はありません。明日からの日常のコミュニケーションで、以下を意識してみてください。

1. 会話の中で「私も」を使う
部下やメンバーが困りごとを話したとき、すぐに解決策を提示するのではなく、「実は私も同じようなことで悩んだことがあって…」と、自分の体験を共有してみる。

2. 質問を変えてみる
「進捗はどう?」ではなく、「最近、何か引っかかっていることある?」と聞いてみる。

3. 自分の弱さを言葉にする
「完璧にできなくて申し訳ない」ではなく、「正直、これは私も初めてで不安なんです。一緒に試行錯誤しながらやりませんか?」と伝えてみる。

チームでの実践。
少し慣れてきたら、チーム全体でも試してみましょう。

定例ミーティングに「困りごと共有」の時間を5分だけ設ける。

  • 「今週、何か困ったことある?」と問いかける。
  • 誰かが話したら、「私もそういうことあるな」と共感を示す。
  • 解決しなくても大丈夫。共有することが目的。

1on1で「もやもや」を話題にする。

  • 「最近、何かもやもやすることない?」と聞いてみる。
  • 相手が話したら、じっくり聞く。
  • 「それって、こういうこと?」と一緒に言語化を試みる。

~~ 世界に共通する知恵:当事者研究は日本だけのものではない ~~

第1回でお伝えしたように、当事者研究は日本で生まれた考え方ですが、実は欧米にも類似の概念があります。
心理学者ブレネー・ブラウンの「脆弱性(Vulnerability)」の研究、組織開発における「学習する組織」の理論、そしてGoogleが明らかにした「心理的安全性」の重要性——これらはすべて、当事者研究と通じる考え方です。

つまり、当事者研究は決して特殊な手法ではなく、現代の組織が抱える普遍的な課題——心理的安全性の不足、リーダーの孤独、変化への対応力や強靭性の不足、メンタルヘルスの悪化——に対する、世界共通の答えの一つなのです。

~~ そして、「完璧でなくていい」 ~~

当事者研究の最も素晴らしい点は、「完璧でなくていい」というメッセージそのものにあります。
フィードバックが下手でもいい。アサーティブに伝えられなくてもいい。深い対話ができなくてもいい。

それらの「できない」を隠すのではなく、「私もうまくできないんだよね」と正直に言えること。そして、「じゃあ、一緒にもっといい方法を探してみようか」と仲間と共に歩むこと。
これが、当事者研究が教えてくれる、新しいコミュニケーションのあり方です。

明日からの会話で、ほんの少しだけ、このエッセンスを取り入れてみてください。きっと、あなたの周りのコミュニケーションが、少しずつ変わり始めるはずです。

今日のお話はここまでです。

最後までお読み頂きありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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