心理的安全性への誤解が組織を危険にさらす理由

今回のテーマは、先月も取り上げた「心理的安全性」です。

グループコーチングや管理職研修を提供する際に、「心理的安全性」の重要性を説くことが少なくないのですが、この言葉にも誤解が生まれたり、その効果が疑問視されている風潮が実際にある様です。

今回は、心理的安全性に対してどの様な批判や疑問が生まれているのか?に注目することで、この言葉の本来の目的について考えてみたいと思います。

~~ 「心理的安全性」について、おさらい ~~

心理的安全性は、様々な状況で使われますが、ここでは主に職場を想定した「チームの心理的安全性」についてお話を進めていこうと思います。

というのも、細かい話になりますが「心理的安全性」の源流を辿ると、1965年にエド・シャイン(Edgar H. Schein, MIT教授)による「個人の成長や変容を支えるために必要なもの(個人が安心して変れる)」として提唱されたもので、歴史はかなり古いです。

現在よく知られている「チームの心理的安全性」として、この概念を広めたのはハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授で、彼女は1999年の論文で、「チームにおいて、他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態」と定義し、チーム単位での心理的安全性を明確にしました。ということで今、批判や疑問視をされているのは、「チームの心理的安全性」ということです。

~~ 心理的安全性への批判の背景 ~~

心理的安全性への批判は、経営書籍、ビジネスコラム、そしてSNSなどで散見されるようになりました。特に「甘やかし」「責任逃れの口実」といった論調が目立ちます。

しかし、これらの批判の多くは、心理的安全性の本質を誤解したまま展開されているケースが少なくないと思います。

このような批判が生まれる背景には、心理的安全性の導入に失敗した組織での経験や、概念の表面的な理解に基づくバイアス(偏見)がある様です。また、成果主義や、厳格な管理体制に慣れ親しんだ管理職層からの反発も要因の一つです。

特に日本の企業文化では、「厳しさ」と「優しさ」を対立軸として捉える傾向が強く、心理的安全性を単なる「優しい管理手法」として誤解されることが多いのではないでしょうか。

~~ 心理的安全性への誤解とその弊害 ~~

ここで、心理的安全性に向けられた誤解とその弊害を考えてみたいと思います。

誤解その1:「何でも許される環境」という誤解

最も危険な誤解は、心理的安全性を「何でも許される緩い環境」と捉えることです。
この誤解の下に「心理的安全性がある」組織文化をつくってしまうと、以下のような問題が発生します:

  • 業績基準の曖昧化
  • 責任の所在の不明確化
  • チーム全体のモチベーション低下
  • 真の問題解決の先送り

誤解その2:「批判を一切しない」という誤解

心理的安全性を「建設的な批判やフィードバックを控える」ことと混同する組織もあります。
この誤解が導くリスクは、

  • 品質向上の機会の損失
  • イノベーションの阻害
  • 個人の成長機会の剥奪

といった深刻なものです。

誤解その3:「一時的な施策」という誤解

心理的安全性を一時的なブームやトレンドとして捉える組織も少なくありません。この誤解によって

  • 継続的な取り組みの欠如
  • 組織文化への定着不足
  • 表面的な制度導入に留まる
  • 長期的な効果を期待できない

といった問題が発生し、結果的に「心理的安全性は効果がない」という誤った結論に至っているようです。

~~ 心理的安全性の正しい理解 ~~

では、心理的安全性の正しい理解とは何でしょう?

真の心理的安全性とは、「高い業績基準を維持しながら、失敗から学び、改善につなげられる環境のこと」です。つまり、「優しい環境」ではなく「学習する環境」なのです。

そして、組織が学習する環境には、職位の高低に関わらず個々のメンバーが建設的な対話を促進する仕組みがあります。そうした組織では心理的安全性が正しく機能し、以下のような特徴が見られます。

  • 透明性のあるコミュニケーション: 情報共有が活発で、隠し事のない関係性が築かれ、建設的なフィードバック文化の醸成されている。
  • 迅速な問題解決: 問題が早期に報告され、迅速に対処されている。
  • 継続的な学習: 失敗から得た教訓が組織全体に共有されている。
  • 高いエンゲージメント: 明確な目標と期待値が設定され、メンバーが積極的に参加し、責任感を持って行動している。

この様な組織は、単に「優しい環境」では実現できません。明確な方向性と高い基準があってこそ生まれるものです。

~~ リーダーとして考えるべきことは? ~

ここまで、誤解(問題点)と正しい理解(解決策)について簡単に述べてきましたが、ではチームの心理的安全性を築いていくために、「組織のリーダーはどの様にチームに働きかけ、率いていくのか?」を考えてみましょう。

ポイントは以下の通りです:

  • チームのゴール、方針、規範やルール、評価制度、などを明確に設定しチームに伝える。
    ⇒ 私たちは何故チームであるのか? どこへ向かっていくのか? 何が期待されているか?を明確に言語化していく。
  • 「失敗」の定義を変える ⇒責任の所在や原因は明らかにし、うやむやにすることはしないのと同時に、失敗を学習の機会と位置づける。
  • 継続的なコミュニケーション ⇒ 1on1ミーティングを習慣化し、定期的な対話の場を設ける
  • 自らの脆弱性を示す ⇒ リーダー自身が完璧でないことを認め、チームの力を発揮する大切さを常に伝える。

一方で、リーダーの以下の言動はメンバーに心理的安全性への誤解生む原因となりかねません。強い自律意識が必要ですね。

  • 様々な点で、基準を曖昧にすること(ブレている)
  • 批判に対して否定的で、これを完全に排除しようとすること(客観的視点の欠如)
  • 結果責任を軽視すること(しようがないか、まぁいいか、と)
  • 表面的な取り組みに終始すること(やってる感が出ているだけ)

さらに、心理的安全性の効果を客観的に評価するため、以下のような指標を設定することが有効です。

  • 従業員エンゲージメントスコア(社内サーベイに実施)
  • 離職率の変化
  • イノベーション創出件数(イノベーションの定義と評価方法は必要)
  • 問題報告、トラブル報告の頻度と質(正確性、粒度、迅速さ)
  • チーム内のコミュニケーション量(1on1ミーティングの回数や頻度など)

などです。

指標の定義や評価方法が安定するまで時間がかかると思いますが、こうした指標により、チームの心理的安全性の取り組みが組織に与える具体的な影響を可視化できると思います。

心理的安全性への誤解は、組織の健全な発展を阻害する危険性があります。重要なのは、心理的安全性を「甘い環境」ではなく「学習し成長できる環境」として正しく理解することです。

高い基準を定めることと心理的安全性は相反するものではなく、むしろ相互に補完し合う関係にあります。

組織リーダーには、この概念の本質を理解し、実践に移すことが求められます。誤解に基づく批判に惑わされることなく、真の心理的安全性の構築に取り組むことで、チームはより高いパフォーマンスと持続的な成長を実現できるでしょう。

道程は遠いかもしれませんが、焦らず一歩ずつ。

今日のお話はここまでです。

最後までお読み頂きありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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