心理的安全性は「空気」によって脅かされる

今回もコミュニケーションのお話です。

「心理的安全性」が注目されて久しいですね。最近はアンチテーゼ(反論や批判的な視点)も議論されてる様になり、負の側面や効用の限界も取り上げられるようになってきました。アンチテーゼが生まれるのは、その論文や考え方が世間から一定の注目や認知を得ている証拠であることが多いので、「心理的安全性」への理解が、特にビジネス領域で、広まった感があります。

アンチテーゼについては機会を改めますが、今回のテーマは「心理的安全性」と「空気」の関係です。

「空気」って一体なんのこでしょう?

かれこれ50年ほど前に発刊された名著、「空気の研究」を下敷きにして、今一度日本の組織の「心理的安全性」について考えてみたいと思います。

~~ 「空気」と心理的安全性 いま、私たちが向き合うべき組織の課題 ~~

1977年、山本七平氏による名著『「空気」の研究』が発表されました。
この本は、発刊から50年近くを経たいまでも、日本社会を語るうえで欠かせない著書として、多くの有識者に引用されています。
山本氏はこの本の中で、日本社会には「誰でもないのに、誰よりも強い空気」という絶対的な存在があり、人々の行動や判断を支配していると論じました。

現在、「忖度」や「KY(空気を読まない)」という言葉が日常的に使われていますが、これらの言葉が意味するのは、まさに山本氏が『「空気」の研究』で論じた、「空気という妖怪」の存在そのもので、著者の分析はほぼ半世紀を超えて現代社会の現実を鋭く指摘しています。

この「空気」の文化が、日本の組織においてどのような影響を及ぼし、そして、いま組織に求められている「心理的安全性」とどのように向き合うべきなのか。改めて考えてみたいと思うのです。

~~ 「空気」に支配される組織 ~~

皆さんの組織の会議の場を思い浮かべてみてください。
明らかに問題がある、あるいは解決しておくべき要素が残っていると誰もが思っている提案なのに、なぜか誰一人異論を唱えないまま、会議で承認されてしまう。先に進んでしまう。
そんな経験をしたことがある方も少なくないのではないでしょうか。

誰かが反論しようとする気配を見せても、重苦しい沈黙と周囲の目に圧倒され、結局は言葉を飲み込んでしまう。あるいは、勇気を振り絞って発言しても、場の空気に無視されてしまう。

こうして「空気的意思決定」がなされ、論理よりも情緒と集団圧力が支配する状況となるのです。

山本七平氏は、これを「抗空気罪」と表現しました。空気に逆らう者は異端とみなされ、社会的に、組織的に疎外され、極端な場合は葬られる。そうした強大な支配力を「空気」が持つと喝破したのです。

この「空気」に支配された意思決定が、歴史においてどれほど重大な結果を生んだかを示す象徴的な例として、山本氏は太平洋戦争末期の戦艦大和の無謀な出撃を挙げています。

~~ 戦艦大和の出撃を止められなかった「空気」 ~~

1945年、太平洋戦争の末期、日本海軍は世界最大の戦艦・大和を沖縄へと向かわせる「特攻作戦」を決定しました。
この作戦については、実は海軍内部でも多くの反対意見がありました。

  • 「特攻を展開しても途中で壊滅は必至」
  • 「成功の可能性は皆無」

当時の第二艦隊司令長官の伊藤整一中将も、将兵たちの無駄死にを憂い、「こんな無謀な作戦は許されない」と抵抗しました。合理的な判断をすれば、誰の目にも結果は明らかだったのです。

しかし、それでも作戦は強行されます。

背景には、「最後に米軍に一矢報い、講和を有利にしたい」という執念と、「大和を温存したまま終戦を迎えれば海軍の恥だ」という組織文化がありました。
日露戦争での日本海大海戦の成功体験などから生まれた「主力艦による決戦」信仰が、現実を直視する目を完全に曇らせていたのです。

さらにこの方針をゆるぎないものとしたのは、昭和天皇からの「海軍にはもう艦はないのか?」というご下問だったそうです。
軍令部総長・及川古志郎は「海軍の全兵力を使用いたします」と答え、それが事実上、大和出撃の方針を決定づけました。
もはや現場の異論は「決まったこと」として封殺され、伊藤中将も最終的には渋々従わざるを得ませんでした。

つまり、組織の硬直化と「空気」の支配によって、誰も止められなかったのです。

この悲劇からわかるのは、「空気」が意思決定を支配するとき、いかに理性や合理性が無力化されるかということです。
そして、異論が封じられたまま突き進んだ結果が、誰もが予想できた破局をもたらしたという事実です。

~~ 「風通しの良さ」とは何か? ~~

私たちはよく「風通しの良い組織にしよう!」と言います。
ここでも「風」という言葉が使われています。「風通し」とは、組織内の「空気」がよどまず、自由に意見が交わされる状態を指します。
しかし、それは単なる情報共有の活発さを意味するのではありません。
本当の意味での「風通しの良さ」とは、「心理的安全性」が確保された状態を指すのです。

心理的安全性とは、「この場で自分の考えを正直に話しても、バカにされたり攻撃されたりしない」という安心感のことです。

心理的安全性が低い組織では、メンバーは無意識に周囲の空気を読み、自分を抑制し、率直な発言を躊躇するようになります。
つまり、「空気」が支配する組織とは、まさに心理的安全性が失われた組織そのものなのです。

「風通しの良い組織をつくる」とは、単に人を集めて自由に話させることではありません。
一人ひとりが、「自分の考えを述べても受け止めてもらえる」という確信を持てる場を、意図的に育むことが必要なのです。

~~ 「空気」を破る力 - KY発言の意味 ~~

山本氏は、『「空気」の研究』の中で、組織や社会を支配する空気に対抗できる唯一の力についても言及しています。
それは、「王様は裸だ」と言える勇気です。
つまり、誰もが「おかしい」と思いながら口に出せないことを、率直に言葉にできる人の存在です。

かつて「KY(空気が読めない)」という言葉は、否定的な意味合いで使われていました。
しかし、今改めて考えれば、本当に必要なのは、あえて空気を破る勇気を持ったKY人間の存在ではないかと思うのです。

空気に飲み込まれないためには、組織のオープン化や、意図的な意思決定プロセスの設計も重要です。
あえて反対意見を推奨する場を設けることで、空気に支配された意思決定を防ぐ、あるいは論理的な判断ができる状況に議論を引き戻すことが可能になるでしょう。

~~ 心理的安全性を育むための心がけ ~~

私たちが「心理的安全性」の高い組織をつくるためにやるべきことをまとめると、

  • 率直な意見や反対意見を歓迎する文化を作る
    「異論は成長の種」であることを、言葉と行動で示す。
    それを体現できる場、会議体を運営する。
  • 失敗を許容する
    失敗しても責めず、チャレンジを評価する文化を持つ。
    失敗したチャレンジのロールモデルを紹介する。
  • KY発言を歓迎する
    「ちょっと違うかも」と感じたら、言葉にして良いという空気を育てる。
    会議のファシリテーターの任務とする。
  • 場作りを意図的にデザインする
    組織とは別に客観的な評価を行うレッドチーム制度や
    発言の順番を工夫するなど、空気に流されにくい仕組みを取り入れる。
  • リーダー自身が「空気を破る」模範を示す
    リーダーが率先して、違和感を言葉にする姿勢を示す。

空気に縛られず、心理的安全性に支えられた組織とは、単に「自由」な組織ではありません。
お互いの違いを尊重しながら、意見を交わし、互いに学びあい、成長することができる組織です。
そうした「風通しの良い組織」をつくるために、「空気」という妖怪に目を向けてお話をしてきました。

山本七平著『「空気」の研究』、文庫本も出版されていますね。
ご興味があれば一読をお薦めいたします。

最後までお読み頂きありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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