リスキリングが思うように進まない~!

さて、引き続き「人的資本経営」のテーマから、「リスキリング」のお話を続けます。

前回は、リスキリングが人的資本経営の一環であり人的資本経営を実現するための重要な施策のひとつである、というお話をいたしました。
今回は、会社にとってのリスキリング施策がうまくいかないケースについて触れてみたいと思います。

~~ リスキリングで人気のジャンル ~~

リスキリング施策がうまくいかないケースについて考える前に、現在リスキリングの対象として、どのような分野に関心があつまっているかに触れてみたいと思います。

調査方法は様々ですが、総じて以下のスキルが高い人気を集めているようです。

1. IT・デジタル関連スキル

  • プログラミング:
    多くの業界でデジタル化が進む中、プログラミングスキルは基本的かつ重要なスキルとされています。しかも、プログラム言語の知識不要でビジュアルなインタフェースを使用して開発を行える「ノーコード」ツールも進歩を遂げています。「簡単なものしか出来ない」「スケーラビリティーが無い」「カスタマイズが不得手」、といったかつての制約は今やノーコードツールへの誤解と言える状況です。
    管理職が自分で作成したアプリケーションを操作して悦に入っているTVコマーシャルがありますが、リスキリンのひとつの具体例を見る思いがします。
  • AI・機械学習:
    人工知能の活用が広がり、これらの技術を理解し活用できる人材の需要が高まっています。
    この分野に学び直しの機会を求めるのは、IT専門家がAI技術で既存のスキルを補完する意図がありますが、求めているのは IT技術者だけではない様です。
    AIの活用で職場環境の見直し、業務プロセスの改善や最適化、問題解決を行うことも可能なので、将来のキャリアに備えてAIスキルを習得しようとする若手も多く含まれます。
    また、AIを学ぶことでAIに出来ない領域に自身のキャリアを求めていくという動機もありそうです。

  • データサイエンス:
    ビッグデータの時代において、データの解析・活用能力は企業の競争力強化に直結します。
    また、データ分析スキルを持つ従業員(AIと併せて駆使できる)は自動化に置き換えられにくい、という動機も働きますね。

  • デジタルマーケティング:
    データサイエンスとAI活用により、オンラインでの顧客獲得やブランド構築をより効果的なものにするスキルです。この分野の学びは、単なる技術の修得だけでなく、創造性や複雑な問題解決能力など、人間特有の能力が発揮されることによって、より大きな価値を生み出すことを意図しています。

    以上の様なIT・デジタル関連スキルが人気を集める主な理由は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に伴い、企業において上記の様な技術に精通した人材への需要が高まっているためです。
    特に、IT人材の不足が深刻化している昨今、既存の従業員のリスキリングが急務となっています。

2. 語学スキル

  • 英語に代表される外国語ですね。グローバル化が進む中、語学力は国際的なビジネスコミュニケーション能力として不可欠であることは長い間叫ばれてきました。
    一方、AIや機械翻訳技術の発展で、外国語を学ぶことが近い将来不要になる、という説はあります。
    しかし、技術の発展にもかかわらず、人間の語学能力は依然として高い価値を持ち続けるはずです。(AIに尋ねると、そうした答えが返ってきます(笑))
    人間の言語能力は、文化的背景の理解や慣用表現、感情と文脈の把握、創造的/専門的コンテンツにおいては重要であり、AIと人間の能力を組み合わせることで、より効果的なグローバルコミュニケーションが実現できるはずです。

3. ロジカルシンキング(論理的思考力)

  • 問題解決や意思決定の質を高めるために、論理的思考力の向上が求められています。
    仕事を考えた場合、ある程度の曖昧さをベースにして自主性と感性を活かした思考力や判断力は大切ですが、これが過ぎて論理的思考力が軽視されると、属人的、経験重視、前例重視に依存する組織体質となり、企業のイノベーションは起き得ません。
    こうした状況に陥らないためにも、社員がロジカルシンキングを身につけることで、企業の業務効率化や生産性向上に直結することが期待されています。

4. 財務・会計スキル

  • 財務・会計スキルを持つ従業員は、経営層の意思決定や事業部門の支援に貢献することができるキャリアパスが期待できます。
    さらに、経理システムに対応し、より本質的な経営分析に参画することで、経営資源の適切な配分やコスト管理など、企業の持続的成長に大いに寄与してくれるはずです。

    クラウド型経理システムやRPAの活用により、経理処理の自動化と業務効率向上を図る際にも、財務・会計スキルを持つ社員の存在は重要な役割となります。
    また、コンプライアンスの強化にもつながります。

以上の様な分野がリスキリングで人気を集める背景には、技術革新や市場のグローバル化など、ビジネス環境の急速な変化があります。企業はこれらの変化に対応するため、従業員のスキルアップを積極的に支援し、競争力の維持・向上を図っているわけですね。

~~ リスキリングが上手く進まないケース ~~

さて、前述したような領域で社員が新たなスキルを修得し、組織が戦力アップすることがリスキリングのゴールですが、現実はなかなか思うようにはいきません。
企業の業績向上と従業員の成長という一石二鳥の機会なのに何故なのでしょう?

その原因を整理すると、大きく 「企業側の課題」「従業員側の課題」 の2つに原因がありそうです。それそれの課題と解決策を考えてみましょう。

1. 企業側の課題

  • 目的が不明確で、「何のためのリスキリングなのか」が従業員に伝わっていない
    企業側が「DX推進」や「市場競争力向上」などの理由でリスキリングを推奨していても、それが従業員の業務やキャリアにどう影響するのかが明確でないため、学ぶ意欲が湧きにくい状況が生まれています。
    また、学ぶことが「目的」になってしまい、「実際の業務やキャリアでどう活かせるか?」という視点が欠けているケースも多く見られます。

    この課題に対しては、企業の成長戦略と個人のキャリアの関係性を示し、従業員がイメージできるストーリーを基に1on1ミーティングなどの機会を利用して対話することが有効だと考えます。

    「リスキリングをすることで、あなたのプロフェッショナルとしての価値が上がる」「将来的にこのスキルが求められる」といった具体的なビジョンを共有することで、従業員の理解と参加意欲を高めることが期待できます。

  • リスキリングが労働時間を圧迫する「負担」になる可能性
    既存の業務が忙しい中で追加の学習を求められることは、従業員にとって負担となるでしょう。
    業務の合間や就業後に学ぶための時間を確保し、疲れ切った状態でリスキリングに取り組まざるを得ない状況になりかねません。

    この問題を解決するためには、学習の時間を確保する仕組みを整備することが不可欠です。業務時間内の学習時間制度や学習支援制度を設け、「リスキリング=残業時間の増加」という図式を避け、学習を業務の一環として適切に組み込んでいく必要があります。しかし、この取り組みが一筋縄ではいかないことは想像に難くありません。労働基準法との整合性を考慮する必要もあるからです。
    労基法違反に触れないためには、
    ・ 業務時間内の学習は労働時間として扱う(給与の支払い対象)
    ・ 従って、企業が「業務時間外に学習してください」と指示した場合、学習は時間外労働として扱われ、36協定の範囲内で行うことが求められます。

    学習は「推奨」という形はとれますが、「義務化」するには慎重にならざるを得ません。

  • 実践の場がない(学んだスキルを活かせない)
    せっかく新しいスキルを学んでも、実際の業務で活かす機会がないと、リスキリングのモチベーションは急速に低下してしまいます。
    多くの場合、研修だけで終わり、「学びっぱなし」になってしまう傾向があります。

    この課題を克服するためには、学んだスキルを活用できるプロジェクトや実践機会を積極的に提供することが重要です。

    例えば、デジタルスキルを学んだ従業員に社内の業務改善アイデアを発表する機会を設けるなど、実践と学びを効果的に結びつける取り組みが有効だと考えます。

  • 報酬・評価に反映されない
    いかに企業側が「学んで欲しい」と望んでも、「学んでも給料が上がるわけではない」「キャリアに活かされるイメージが湧かない」と、従業員が感じれば、モチベーション向上は望めないでしょう。
    実際に評価に反映されなければ、従業員は本気で取り組む理由を見出せません。

    スキル修得者への公正な評価や、資格取得支援や学習達成に応じたインセンティブボーナスなど、リスキリングが反映された人事制度(等級、評価、賃金・報酬)の再設計が必要になってきます。

  • 企業文化が「学び」を尊重していない
    学ぶことが「業務の邪魔扱いされる」組織文化や、「目の前の仕事をこなすことが最優先」という価値観が強い環境では、リスキリングは根付きにくい状況にあります。

    こうした文化を一朝一夕に変えることは難しいですが、経営層やマネジメント層が率先して学ぶ姿勢を示し、「学習することが評価される企業文化」を徐々にでも醸成していくことが大切です。
    リスキリングを推奨する制度の整備だけでなく、リーダー自らが積極的に学び続ける姿勢を示すことが重要です。

以上、企業側の課題をいくつかあげましたが、従業員側の課題にはどの様なものがあるでしょう?

2. 従業員側の課題

  • 学ぶことに対する「心理的ハードル」が高い
    多くの従業員、特に40代・50代の社員の間で「今さら学び直しは無理」「新しいことに適応できない」という思い込みが見られる様です。この世代の「自己効力感を向上する」ことをテーマにした、企業研修のお話を頂くこともありました。なるほど、です。

    この様な心理的なハードルを下げるためには、「小さな成功体験」を積み重ねることが効果的だと言われています。短い講座や研修の受講、簡単な課題のクリアなど、段階的な達成感を味わえるように工夫された、わかりやすい教材やステップアップ式のプログラムが、学び直しへの抵抗感を軽減できると考えます。

  • 「自分ごと」になっていない
    リスキリングが「会社がやれと言うから仕方なく」という受け身の姿勢になっていては、真の学習意欲は生まれません。

    特に、このスキルを学ぶことで自分のキャリアにどう役立つのかが明確でないと、従業員の関心を引き出すことは困難です。

    この課題に対しては、「リスキリングの先にあるキャリアプラン」を具体的に示すことが重要です。
    例えば、特定のスキルを身につけることで将来どんな仕事にチャレンジできるのか、市場価値がどう上がるのかなど、学ぶことの意味を具体化して伝えることが効果的だと考えます。

  • 学習方法が合わない
    人はそれぞれ「優位感覚」というものを持っています。
    詳細説明は割愛しますが、学ぶ方法として、動画で学ぶことが有効、話す(言語化する)ことが有効、身体を動かすことが有効、など様々です。

    こうした個々の感覚に応じて「学び」の方法や環境を最適化するのは容易なことではありませんが、動画視聴、実践型、ワークショップ、コーチングなど、複数の学習スタイルから各従業員が自分に合った方法を選択できるようにできれば理想的ですね。

    学習の進捗に沿ったポイント制や競争要素を取り入れたゲーミフィケーションを活用するなど、組織ならではの、楽しく効果的な学習環境を作り出すことは一考に値すると考えます。

以上、リスキリングは人的資本経営の重要な施策の一つでありながら、制度との折り合いの難しさ、うまく機能しない要因があることを述べてきました。

企業がこうした課題に取組むポイントとしては、

  1. 学ぶことの意味を明確にし、キャリアと結びつける
  2. 業務時間内で学べる環境を整え、負担を減らす
  3. 学んだスキルをすぐに活かせる場を用意する
  4. リスキリングを評価・報酬と結びつける
  5. 経営層が率先して学び、企業文化を変える

に、まとめられます。

経営層がリーダシップを発揮し、「学び続ける環境や制度」を整えることで、リスキリングの成功率は大きく向上するはずです。しかし、こうした取り組みは1企業の孤軍奮闘ではなかなか前に進みません。
現在、Googleの日本支社(グーグル合同会社)が主幹事となって発足し、総務省、経産省、厚労省、文科省の協力・後援を得る「日本リスキリングコンソーシアム」という、230以上の団体(2024年5月時点)が参加する組織があります。経済同友会とのパートナーシップも結んでいます。

こうしたコンソーシアムが国の支援も仰ぎながら、横の連携をとり、様々な施策やモデルを示していくことが、日本のリスキリング推進、ひいては人的資本経営を進めるための大きな力となることが期待されています。

今日のお話はここまでです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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