「人的資本経営」ってリスキリングのこと?
さて、今回も「人的資本経営」に関するお話です。
「リスキリング(Reskilling)」 ―― 耳にする機会が多くなりました。
企業の狙いは様々ですが、「リスキリングに取り組む理由(企業課題)」についてのある調査によると、「事業成長や新規事業に必要なスキルを持った人材を育成するため」という回答が75%を超え、もっとも高かったそうです。
それ故か、「人的資本経営ってリスキリングの奨励ってことですかね?」
という質問を頂くことがありますが、答えは「Yes and No」です。
「会社がお金をかけて従業員に成長の機会を与えてくれる」という視点で見ると、確かに人的資本経営を体現しているものに思えますね。
リスキリングは、副業やセカンドキャリア、定年退職後の準備という観点からも話題になるテーマですが、ここでは「人的資本経営」目線で、会社にとってのリスキリングという観点で整理してみたいと思います。
~~ 人的資本経営と「リスキリング」の関係 ~~
「リスキリング」は人的資本経営の一環であり、特に重要な要素です。
しかし、リスキリングと人的資本経営は完全に同義ではなく、リスキリングは人的資本経営を実現するための施策の一つと捉えるのが適切だと思います。下の表をご覧ください。
【人的資本経営とリスキリングの違い】
| 項目 | 人的資本経営 | リスキリング |
| 概念 | 人材を「資本」として捉え、その成長と活用に投資する経営手法 | 既存の従業員に新しいスキルを習得させ、新たな業務領域に適応させる取り組み |
| 目的 | 企業の持続的成長・競争力の強化 | デジタル化やビジネス環境の変化に対応し、人材の有効活用を図るため |
| 対象 | 人材育成全般(採用・育成・評価・環境整備など) | 主にスキル開発とキャリア転換 |
| 施策の例 | リスキリング、アップスキリング、キャリア開発、エンゲージメント向上施策、評価制度整備、など | デジタルスキルの習得、異動を前提としたトレーニング、新技術の導入支援 |
以上の様に、人的資本経営は企業全体の人材戦略を意味し、リスキリングはその中で特にスキルの変革にフォーカスした概念と言えます。
そして近年、以下に上げる様な企業を取り巻く環境の急速な変化により、リスキリングが人的資本経営において不可欠な要素 となっています。
- デジタル化・DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速
AI活用、データ分析、クラウド技術(導入が容易な業務アプリ)などの進化により、従来の業務が大きく変化している。そのため、既存の従業員に新しいスキルを修得させることによって、デジタル化に対応できる組織や業務プロセスの再編成を加速する必要が生じている。 - 労働力不足・人材採用難
少子高齢化による新規採用が困難な状態が続いている状況下、既存従業員のスキルを高めることで新たな職務への対応力を育成し、中途採用による人材獲得への依存度を低減する施策が必要。 - ジョブ型雇用の広がり
日本でも従来のメンバーシップ型(一旦組織の一員となれば就労が保証される)からジョブ型雇用(職務を明確に定義し、それに合った人材を配置する雇用形態)が進展する傾向にあり、年功序列をベースとした受け身のキャリアパスだけでは将来の人材育成は困難になることが予想される。 これに適応するために、リスキリングを通じて従業員のスキルを再構築が求められる。 - 人的資本情報の開示要請
企業が投資家や市場に対し、人的資本への投資をどのように行っているかを開示する動きが強まっている。(「人的資本報告のガイドライン」- ISO30414として2018年に制定)
つまり、リスキリングを含む「人材育成戦略」を持っているか否かが企業評価のひとつの要素となっている。
また、リスキリングは多能化(Multiskilling)とも異なることを覚えておいてください。
リスキリングが、技術革新や市場の変化に対応し、新たな業務領域への移行を可能することを目的としているのに対し、多能化は既存の職務に加えて関連する複数のスキルを修得することによって、業務の幅を広げ、生産性の向上や職場の柔軟性を高めることが目的です。例えば、工場で異なる組み立てラインへ対応できる従業員を備えておくことで、急な欠員や増産要求へ応じられる体制をとっておく、等が多能化のメリットです。
リスキリングは職場だけに限ったことではなく、自身のセカンドキャリアを考えた場合、状況の変化(提供する価値、労働環境や条件の変化)に向き合うケースが多くなるので、正にリスキリングの備えが必要な状況と言えるでしょう。
~~ 人的資本経営の中でリスキリングが果たす役割 ~~
ここまで、リスキリングについて人的資本経営との違いや、その重要性をご説明してまいりました。
次に、人的資本経営におけるリスキリングの位置付け、言い換えれば、リスキリングが人的資本経営の中で果たす役割について考えてみましょう。
人的資本経営の枠組みの中で、リスキリングをどのように組み込むかを整理すると、以下のように「スキル開発」や「キャリア戦略」の一環 と考えられます。
【人的資本経営の主要要素とリスキリングの関係】
| 人的資本経営の要素 | 関連するリスキリングの施策 |
| 採用戦略 | 既存の従業員をリスキリングし、新たなポジションに適用させることで外部採用の負担を軽減 |
| 育成・能力開発 | IT・データサイエンス・マーケティングなどの分野でリスキリングを実施 |
| エンゲージメント向上 | キャリアパスの明示により、従業員の成長意欲を高める |
| 評価・報酬制度 | 新スキル習得者へのインセンティブ付与 |
| 組織文化・働き方 | 挑戦を奨励し、学び続ける文化を醸成 |
~~ リスキリングを成功させるためのポイント ~~
リスキリングが人的資本経営の一環として重要なことをお話してまいりましたが、これを有効に機能させるためには、会社には次の様な取組みが求められます。
- 経営層がリスキリングの必要性を理解し、主導する
トップダウンで「学び直し」の文化を定着させることです。
トップ自らが何らかのリスキリングに挑戦するのが理想的ですね。
- 従業員が将来のキャリアに希望を持てる仕組みを作る
「なぜリスキリングが必要か?」を従業員に明確に伝え、其々が自分の将来的なキャリアパスをイメージできる道筋を作ります。
- 学習の機会を制度化する
ラーニング、オンライン講座、社内研修などで従業員に学びの機会を与えている企業は少なくないと思いますが、これを制度化し習慣化することが大切です。
新入社員研修、管理職研修、マナー、接客、営業スキル、等などが従来の講座や研修の定番コンテンツですが、多くの選択肢を提供することが求められます。
- 学んだスキルを活かす機会を提供する
せっかく学んだものが「宝の持ち腐れ」にならないよう、また新しい職種へのソフトランディングを支援するために、スキル活用の実践の場を用意し業務に応用できる環境を整えましょう。
- スキル取得を評価・報酬に反映する
学び直しの努力が報われる仕組みを作ることは不可欠です。
人事制度(等級制度、評価制度、賃金・報酬制度)に反映させることで、リスキリングへの意欲向上が図れますし、学びの先にある自身のキャリアもイメージさせることができるはずです。
以上の様な「学び続ける環境」を企業が整えることで、リスキリングの成功率は大きく向上します。
リスキリングは人的資本経営の重要な要素であり、企業の成長と競争力強化に不可欠 です。
特にデジタル化や市場の変化に対応するためには、既存の人材をいかに適応させるかが、企業の変化対応力を表すものだと考えます。
かつては、必要なスキルを備えた人材の異動や、中途採用で対応できたのでしょうが、それでは間に合わない状況に晒されているのだと思います。
企業が人的資本経営の一環としてリスキリングを戦略的に導入することで、社員の能力を最大限に引き出し、変化に適応できる強い組織を築くことができると考えます。
一方、リスキリングがうまくいなかい、思ったほど効果が上がらない、という事例もあるようです。
次回はそのあたりのお話をしていきたいと思います。
今日のお話はここまでです。
最後までお読みいただきありがとうございます。