リーダーの言葉選び 「天は我々を見放したぁ~」の残酷なインパクト

ロシアのウクライナ侵攻、パラリンピック、東日本大震災11年目、
等々、様々なメディアが伝えてくるニュースに、
エゴや残酷さ、愛国心、家族愛、無限の潜在能力、忍耐力、等々、
人間というものの様々な面を考えさせられる一週間でした。

さて、今日は「リーダーの言葉選び」というお話。

「それを言っちゃぁ~おしまいだよ」は、
映画シリーズ「男はつらいよ」で、
渥美清演じる寅さんが、おいちゃんに向けて
発するお馴染みのセリフですが、

リーダーにも「言ったらおしまい」の禁句があるのです。

それは「希望」を破壊する言葉です。

希望・・・ あらゆる災いを世の中に生み出した
パンドラの箱に、最後に残っていたアレです。

~~新田次郎著「八甲田山死の彷徨」から~~

1971年に刊行されたこの小説を
お読みになった方は少なくないと思います。

これは1902年(明治35年)に対ロシア戦に
備える目的で雪中行軍の演習を行った青森の連隊が
遭難し、210名中199名が死亡した悲惨な事件を題材に
した作品で、高倉健、北大路欣也の2大スター主演で
1977年に映画化もされました。

北大路演じる神田大尉の台詞
「天は我々を見放したぁ~」は
その年の流行語にもなりました。

当時、私は学生でしたが、通った麻雀荘で
ゲーム中に窮地に立った人がよくこのセリフを
発するのを耳にしました(笑)。

史実を基にしたフィクションと言われていますが、
友人のゼミの教授は、この小説をケースとして取り上げ、
学生達に議論させていたという話も聞きました。

極限状態におけるリーダーシップというテーマで。

~~極限状態で指揮官が発した言葉~~

「天は我々(小説では「われ等(ら)」)を見放した」・・・ 

これは「絶望」を表す言葉に他なりません。

続く神田大尉の言葉は、より「絶望」を強調するものです。

「こうなったら露営地に引き返し、先に死んだ連中と共に
全員死のうではないか。」・・・と。

映画では、神田大尉のこの言葉を聞いたとたん、
兵卒が、ひとりひとりと、棒の様に深雪に倒れこんでいく
シーンが印象的でした。

小説では、神田大尉を神の様に尊敬していた
長谷部善次郎という兵士の思いが以下の様に描かれています。

「神田大尉についてさえおれば、他の者は全部死んでも自分は
生きられると思い込んでいた ~(中略)~ 眼の前で、大尉が
死の宣言をしたことは大変な衝撃であった。その一言で
善次郎の生きる希望は潰(つい)えた。

~(中略)~ 善次郎が倒れると、それに引き続いて、
ばたばたと兵たちが倒れた。
すべて、将校を信頼し、その命に
絶対服従していた下士卒たちであった。」

神田大尉は他に選ぶ言葉が無かったのでしょうか?
死を選ぶことを潔(いさぎよ)し、とする当時の軍人魂の様な
ものが働いたのでしょうか?

~~ リーダーの言葉には誰もが耳を傾けている ~~

ここで問うているのは、どんなに状況が危機的でも、前向きに、
ポジティブに、とにかく頑張るのだー、ということではありません。

それは「状況判断」という別のお話です。
「状況判断」が正しければ、誰も楽観的な精神論に
引き寄せられないと思います。

「状況判断」を誤れば、ビジネスの場では無駄な投資を続けて
経営破綻を招いたり、スポーツ指導の場では、無理をさせて
選手の故障を招いたりします。

故に、「状況判断」は、指揮官やリーダーの経験や知見に依る
重要な資質です。

一方、ここで話題にしているのは、リーダーとしての
「発する言葉の選び方」です。

冷静に「状況判断」をした上で、部下やメンバーに対して
発する言葉は、それを聴く相手が、

「何を大切にして、何を心の拠りどころにしているのか?」
「どんな希望を抱いているのか?」
を思慮したものであるべきです。

商談が上手くいかなかった状況で、「諦めるしかないな」

目標達成が不可能だと分かった状況で、「終わったな」

頑張りに限界が見えた状況で、「無駄だな」「無理だな」
等々・・・・

冷静に判断した状況を、そのまま口から発してしまうことは
ありませんか?

生死を賭けた極限状態でなくとも、リーダーの言葉は
チームのモチベーションとエネルギーに多大な影響を与えます。

神田大尉の言葉。
自分だったら・・・と、理想を考えてみました。

例えば、

「状況は甚だ厳しく、我々は生死の境に立っている
ことは明らかだ。それでも自分は指揮官として最善を
尽くすことを約束する。どの様な結果になろうとも、
最後まで自分を信じてついてきて欲しい!」

・・・ですかねぇ。

リーダーの言葉選びによって
たとえ、不幸にも雪の山中に絶命しようとも、
その瞬間に兵士の胸に去来する思いが、

「兵士として戦場で死ぬ名誉もなく、この雪の中で
天にも見放されて死んでいくのか・・・」
という無念になるか、

「神田大尉。貴方の部下であったことを誇りに
思います。最後まで全力を尽くせました・・・」
という思いかになるか・・・

今日のお話はここまでです。
最後までお読みいただきありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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