意外に行われていない「対話」というコミュケーション
25日の日曜日は、木更津トライアスロンを完走して
きました。
30度を超える猛暑に加えて、
開催場所となっているが陸上自衛隊木更津基地の
広い滑走路の照り返しを受け、軽い脱水症状でした。
オリンピックディスタンスであれば、レース後3日くらいで
疲労は抜けるのですが、今回はかなり身体へのダメージが
大きかったのでしょう。
いまだに、筋肉痛が(しかも普段と異なる部位が)
残っているというあり様です。
回復力が無い原因の半分は歳のせいだとは思いますが(笑)
さて、今日から「対話」という新しいテーマで
お話をしていきたいと思います。
~~ 良質な結論のために必要な「対話」 ~~
「〇話」や「〇論」という言葉の〇に入る漢字で、
コミュニケーションの意味が大きく変わってきます。
閑話、対話、議論、口論、争論、弁論、討論、と・・・・
閑話という無駄話はともかく、多くの場合、これらの
コミュニケーションが向かう方向は「結論」です。
私達の周りで、結論に至るために数多く行われて
いるのは「議論」ではないでしょうか?
「議論の結果、コレコレの結論に至りました」と。
実は「対話」とは、この議論を始める前の
コミュニケーションとして、とても大切なのです。
議論が始まる前に双方、あるいは複数の
発言者にとって必要なのは、
お互いが自分の考えをオープンに話し、
共通点や相違点を認識するフェーズです。
相手の意見を素直に聴くことで、気づきや、
新しいアイデアも生まれます。
「素直に聴く」とは、相手の話に即反応して
意見を挟んだりしない姿勢です。
「そうかぁ、そういう考え方なんだ」
「そういう背景があるから、そう思うんだ」
「自分とはコレコレの点で考えが違う様だな」
「こういう観点では、どう考えているんだろう?」
等々、
先ずは、お互いに相手の意見に耳を傾け、
相手を理解する心構えで会話をする、
ということです。
この「対話のフェーズ」を最初に設けることで、
その後に続く「議論」は、建設的なものに
なってきます。
~~ 「対話」を省いて「議論」に突入すると ~~
「議論」は、言うまでもなく、
異なる考え方を、アクションにつながる
一つの方向へ位置付けるための話しあいの場です。
感情的にならず、客観性、合理性に視点を置いて
話しあうことが求められます。
その場において、相手の考え方の背景や
自分の意見との相違点などを
事前に理解していた場合と、
全く理解していなかった場合とでは、
議論の内容にどの様な差が生まれるでしょうか?
相手の考えの背景を知ることは、
確かに議論の場でも可能です。
しかし、背景の理解が無いまま議論に臨むと、
多くの場合、短絡的な判断や、思い込みから、
相手の発言の本質を見誤ることがあります。
そして、その前提で反論や意見が為されれば
話した相手も「コイツ全然わかってないなぁ」と、
という感情が作用して、説明に丁寧さが
欠けてきたり、逆に相手の話をよく聴くことなく
次にどう論破してやろうかと、思考が働く
ことにもなりかねません。
こうなると、議論において大切な、
感情的にならず、客観性、合理性に視点を置いて
話合うという姿勢から次第に遠のいていきます。
最後は口論という、何も生み出さない
ステージへ突入してしまうかもしれません。
一方、議論している最中、
「あ~、そういうことね。それなら理解できる。」
と、いうような発言を聴いたり、発したりしたことは
ありませんか?
議論の最中に、相手の発言の背景や、観点に
気づいた瞬間であり、その後の議論はあまり酷い
方向に進みません。
本当はこれを「対話」というステージで気づいて
欲しいのです。
相手との関係性が深いものであれば、
「対話」というフェーズは省くことが出来るかもしれませんが、
「この点について議論しよう」と持ち帰られたら、
「OK、じゃ先ず対話から始めようか」と導いてみてください。
対話の具体例や効果について、来週もお話を続けます。
今日のお話はここまでです。
最後までお読みいただきありがとうございます。