会長、顧問、という職位の是非

さて今日は、また後継者テーマになりますが「第一線を退いた人の役割」
というものについて考えてみました。つまり、後継者にバトンを渡した人の会社への関わり方です。
実際に中小企業経営者の方々との会話で、様々なお話を実例や伝聞で伺うことがあります。

ある方が「院政」という表現をしました。耳新しい言葉ではありません。
さて、「院政」とは何でしょう?

日本史の上で平安時代中期の白河上皇に始まると言われています。当時、天皇の地位を退いた太上天皇が、現天皇の父であることを根拠に、政治の実権を握ったという構造です。
転じて、会社や組織で、「役職を退いたはずの人が実権を手放さず、裏で組織を支配する力を持つ」
というネガティブな意味で用いられるケースが多いです。

企業でのわかり易い例でいえば、会長職に退いた前社長が、組織への多大な影響力を持ち、実質的な支配をしているというケース。

組織である以上、人は時の為政者と権威に従うものであり、それが適正であればガバナンスが効いた組織と言えます。その任にあるのが、社長(=社の長(おさ))なのですが、実は会長が「実権は未だ自分にある」と考え、そのように振る舞うことで社員からの求心力を集め、社長は蚊帳の外へ置かれるというケースです。これは一番悪いケースですね。

いったい何のために社長を任命したのでしょう?

退任した社長が全て「院政」を敷くわけではありません。潔く後継者にバトンを渡す方が殆どです。
しかし、経営にとってマイナスとなる「院政的」な事象は冒頭に触れたように、見聞きすることが少なくありません。

ちなみに、私が経営者向けの研修プログラムとして提供している「新社長、後継者のためのコミュニケーションワークショップ」では、権威を引き継ぐ人、手放す人の間で、どの様なコミュニケーションの下で、何が合意されていなければならいか?を重要な事項として取り上げています。

後継者であるが故に、先代社長との関係性を整える、役割と責任を確認するところからプログラムがスタートします。手前味噌な話で恐縮ですが、中小企業経営者のコーチングを通じて気づいた事を研修プログラムとして組み込んでいる一例です。

社長が蚊帳の外、というのは極端なケースですが、会長が折にふれて発言や振る舞いで「権威」を表出することで社内に混乱が生じます。

一方、前社長が一線を退いた後も、会長、あるいは特別顧問、という形で現社長を適切な支援をしていけば、これは「院政」などではなく、あるべき組織のひとつの姿です。

では、「院政」と称される様な形になってしまうケースと、会長が社長を支援する正しいポジションにあるケースで起こる、それぞれの弊害とメリットについてまとめてみましょう。

~~ 「院政的」トップマネジメントに起こる弊害 ~~

先ずは弊害からです。

権威の不統一:
前述の様に、会長が発言や振る舞いで「権威」を頻繁に表出することで、新社長の権威が脅かされ、組織内でのリーダーシップの混乱が生じる可能性があります。
社員が「私たちのリーダーは誰?」と疑問をもつということです。
社員は、会長や社長と直接コミュケーションをとる機会は少ないですが、社内へのメッセージや広報を通じてリーダーの存在感を意識します。それが誰に向けられているのか?ということですね。

不毛な派閥対立:
会長派と社長派、など派閥が生まれます。リーダーシップチーム(経営陣)の意志決定にも「政治の力」が影響してきます。政治の力とは往々にして「何が正しいか?」ではなく「誰が正しいか?」の判断に人を引き寄せる力です。無意味に意見が分かれることで、本来の会社組織として持つべきチームワークが生まれません。また、様々なところで余計なエネルギーが浪費されます。

意思決定スピードへの影響:
前任者が意思決定プロセスに口を出し、それを斟酌することが不文律となっていれば、効率的な意思決定が妨げられ、組織の敏捷性が低下する可能性は大いにあります。

イノベーションへのブレーキ:
前任者が過去の成功や、やり方に固執することで新しいアイデアの採用や、アプローチの試みが阻害され、組織のイノベーションが妨げられる危険性が大いにあります。

~~ 社長をサポートする会長職の好影響 ~~

一方、会長や特別顧問などの地位にある人が、自らの役割と責任を明確にし、社長を支援していけば、次の様な効果が生まれます。

豊富な経験と知識の提供:
前社長としてもっていた豊富な経験と知識を、後継者と組織に正しい方法で(権威や押し付けを用いた方法ではなく)共有していけば、リスクマネジメントや意思決定プロセスの向上に貢献できます。

人脈の活用:
現役時代に築いてきた業界内外のネットワークを後継者に引き継ぐ(要人を紹介する、協会やコミュニティでの役割の継承、など)ことで、堅牢な事業の維持や、新規事業開発の端緒を得ることが望めます。

安定性と信頼性:
経験豊富な前任者が支援者として組織に残ることで、顧客、取引先、金融機関や従業員からの信頼を維持し、組織の安定性を高めることができます。

後継者のサポート:
適切なアドバイス、提案、サポートを提供することで、後継者の気づきと成長を促し、社内外に対する次世代リーダーシップの具現化を加速します。

~~ 会長が持つべき心構えと振舞い ~~

では、一線を退いても会社に対して良い効果を生み出すために、会長や顧問がもつべき心構えと振舞いはどの様なものになるでしょうか?

サポートに徹する:
新社長の考えと意思決定を尊重し、補佐役としての立場を明確にすることが重要です。「立場を明確にする」とは、経営陣、社員から見ても「良き補佐役」と見える、この船の船長は社長である、と認識させる言動をとることです。例えば、「サポートに徹する」とは言え、何でも是とするわけではありません。いざという時の要請や耳の痛い忠告をする時などでも、1on1ミーティングで個別に会話する配慮が必要になります。

役割と責任の明確化:
新社長との間でお互いの役割と責任、相互の期待を言語化し、合意しておくことが不可欠です。私の「後継者、新社長のためのコミュニケーションワークショップ」では、最も重要なテーマのひとつとして研修開始のオリエンテーションの段階で、これを徹底して話し合って頂きます。

既に出来ている方々も少なくありませんが、例えば「あ、うん」の呼吸で理解し合っている、と仰るケースでも、明確に言語化されていなかったり、合意の範囲が十分でないケースもあります。

また、合意事項に時間軸やレビュー時期の視点を加え、年を追う毎に状況変化に対応していくことも大切です。

後継者の自立を促進する: 
新社長が自らの判断で組織を導けるよう、適切な距離を保ちながら自立を促します。この「適切な距離感」も曖昧な扱いにせず、上述の合意について話し合う際に忌憚なく意見を交換しておくことが有効です。

革新を受入れ、支援する姿勢:
新しいアイデアやアプローチを奨励し、前例や過去の成功に固執することなく、組織の成長と革新を支援します。大事なことは一線を退いても学び続け、わからないことは躊躇無く尋ねる姿勢です。最新情報に何でも精通している必要はありませんが、アンテナを高く上げておくことで革新への不安や拒否反応は少なくなってくるはずです。

良質な関係性の維持:
新社長との密なコミュニケーションを維持し、すべての利害関係者との間における信頼と透明性を築きます。

以上、一般的な視点で会長職の是非と理想をまとめてみました。

会長や顧問と、社長の関係性は、コーチングにおけるコーチとクライアントのそれに似ているかもしれません。お互いに明確な役割と責任を持ち、適切な距離感を保ち、コーチはクライアントの成長と目標達成に向けて伴走するからです。

「院政」という少々ネガティブなイメージで話が始まりましたが、会長が権限をもつことを否定しているわけではありません。会長、社長が2人3脚で会社をリードしているケースも数多くあります。

もし、双方の役割と責任が、両者の間と、全ての利害関係者(株主、経営陣、社員、顧客、取引先、など)に対して明確になっていないのであれば、多くの対話に時間を割くべきだと思います。

両者とも多忙を極めていると思いますが、定期的に時間をとって対話を続けてることが大切です。

今日のお話はここまでです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

株式会社ドリームパイプライン 代表取締役   1980年、新卒で日本NCR株式会社にてキャリアをスタートし、以来一貫して外資系IT企業に勤務。   営業、営業企画、マーケティング、製品開発、製品管理、市場開発、米国本社勤務、事業部長、等の領域でマネジメント職を経験。   2001年、日本NCRを退職後、米国、ドイツ等を本社とする大手IT企業数社の日本法人にて要職を歴任。    2013年より、組織の人材育成、組織活性化のためにコーチングを学び始め、プロフェッショナルコーチ認定資格を取得。修得したコーチングスキルを多様な価値観が求められる外資系IT企業におけるマネジメントに活用しながら(社)日本スポーツコーチング協会の認定コーチとして、高校、大学のスポーツ指導者へのコーチング活動を実施。   2015年から、米国のスタートアップ企業の2社の日本代表を歴任し2021年12月退任。人材育成支援を目的とし、株式会社ドリームパイプライン設立。 著書 『ニッポンIT株式会社』   https://www.amazon.co.jp/dp/B09SGXYHQ5/    Amazon Kindle本 3部門で売上一位獲得    「実践経営・リーダーシップ」部門、「ビジネスコミュニケーション」部門、「職場文化」部門

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